周来友エッセイ「焼き芋」

「焼き芋」

                                                                 


 その日、午前中に川崎地検の通訳の仕事が終わり、いよいよお待ちかねのランチタイム。午後は地検の反対側にある地裁の仕事である。
 それが頗る遅く、三時過ぎにならないと始まらないので、ゆっくりとお昼を楽しむ時間が充分にある。
 天気も良いし、今日は川崎駅まで戻り、近くの「ラ・チッタデッラ」とかいうアミューズメント・センターで、洒落たイタリア料理でも食べるかなと、私は法務合同庁舎を後にした。
 外はポカポカといい天気で、秋晴れの空模様。
 歩いてすぐ第一京浜と交差するところの陸橋を登ると、なんと遠くに富士山が見えた。なるほど、先ほど歩いていた大通りが富士見通という訳だ。
 納得しながら、しばらく富士山を眺めた。
 突然、強烈な香辛料の匂いがどこからか漂って来るような気がした。
 探してみたら、その富士見通の右側にある近くの公園から匂いと共に湯気らしいものが上がっている。

「ああ、屋台だ!」

 そう言えば、日本に来るまで、北京の屋台に長年親しんでいた私は、特に冬の街角で、新疆自治区から来るウイグル族の青年が売っていた羊の串焼きや、郊外の農民が三輪車を漕いで運んできた、大きなドラム缶で焼く焼き芋には目がなかった。
 おかげで、外国暮らしが長くなっても、その臭覚の鋭さが少しも鈍っていない。
 私は陸橋を降りて、その公園に入って覗いてみた。
 稲毛神社というお稲荷さんの前にあった公園の広場では、アルミの鍋でカレーが作られていた。すぐ側の水飲み場で綺麗に洗った皿が何枚も積み重なっている。調味料らしい瓶もあった。もっと近付いてみると、どうやら枯れ枝や落ち葉を燃料にしているようだ。

「焼き芋焼いても良いかい?」

 頭を薄汚れたタオルで包み、垢と汚れで黒ずんだ顔のおじさんが指示を仰ぐかのように、少し年上に見える相棒に相談を持ちかけている。

「アルミホイルがないんだ。そのまま焼いて……」

 と、パイプ椅子に腰をかけて、一心不乱に料理をしている白髪混じりの髭のおじさんが答えた。屋台の懐かしさに駆られて、思わず二人に聞いた。

「何か食べ物を売っているなら、ください」
「何? お兄ちゃん、お腹空いてるの? 売り物はないけど、ご馳走しようか?」

 大きめのおたまで鍋からカレーを掬って口に運び、「あちい、あちい」と言いながら味見する、こざっぱりとした年配のおじさんが意外にも親切に答えた。
 焼き芋を始めた、もう一人のおじいさんが

「俺たち、ここで生活しているんだよ」

 と口を挟んだ。彼が指差したところを見ると、大きな木の下に青色のビニールシートで覆われた、いわゆるダンボールハウスが二軒並んでいる。
 そうか。よく見てから声をかければよかったな……。

「すみません。何かの屋台で、食べ物を売ってるのかな、と思って……」

 お腹は先ほどからずいぶん空いていたが、ホームレスのおじさんたちから食べ物を貰うなんて、立場が逆になってしまうのではないか。

「どこから来たの?」

 と年配のおじさんがまた聞いて来るので、

「新宿です」

 と答えると

「俺も新宿の住民だったよ」

 と答えた。おや、もしかして、ここに来る前、おじさんたちは名前の知れた生粋の職人さんか、立派な会社を経営していたかもしれない。新宿で一戸建てかマンションに住んでいたのかな。
 彼の風貌を見ながらそう考えて、私も根掘り葉掘り尋ねた。

「新宿のどの辺ですか?」

と。

「駅の西口地下構内だよ。もう何年前になるか覚えていないけど、あの火事がなければ、さすがの都知事も強制撤去のような真似は出来なかった。おかげで、仲間はばらばらにされて、俺たち二人は川崎までさすらい、ここを住処にした」

 瓦屋根とビニールシートの違いはあっても、同じ新宿に住んでいたことには変わりがない。ご近所付き合いしているみたいな会話が更に続いた。

「これからは帰るの?」
「いや、午後にはまだ仕事があります」
「ほら、お腹が鳴っているんじゃないか。これを持って行けよ」

 ずっと隣で焼き芋に没頭するおじさんが突然、口をはさんできて、焼きたての芋を焚き火の中から拾い、新聞紙に包んで四つもくれようとした。

「こんなに貰ったら悪いですよ。鞄にはパソコンが入っているので、たくさんは持って帰れません」

 焼き芋とは言え、中国では庶民的なファストフードとして、安くて求めやすいが、日本では意外と高いことを前から、身をもって知っていた私は、慌てて口実を探して断った。

「ここで食っちゃえば」

 と勧められたので、小さめの熱々のものを選んで、一口噛んでみた。黄金色の芋は想像した通り、とても香ばしくてジューシーで、実に美味しかった。
 来日したばかりの頃、毎日午後、中野の中央図書館で午前中に勉強した日本語の単語を暗記していた。夕方になると、いつもお腹が空いて、周りの人の迷惑になるくらいグーグーと鳴っていた。
 我慢し切れなくなったある日、図書館を飛び出し、リアカーで売っていた石焼き芋を買おうとしたら、こぶしくらいの大きさの芋がなんと五百円。値段を聞いた途端、度肝を抜かれて買えなかった。
 そのことがトラウマになったのか、あれ以来、貧乏留学生時代から脱出し、結婚して世帯を持った後でも、私は日本で焼き芋を買ったことは一度もなかった。

 今日、思いがけず日本のホームレスのおじさんたちの好意に甘えて、今まで買えなかった日本の焼き芋を遂に口にすることができた。

 その満足感に酔いしれて、私はなんだかとても幸せな一時を過ごした気分になった。